感想を書くためのパピルス

感想や解釈や考察を書いています。ネタバレあり

『天気の子』感想(ネタバレあり)

 

ネタバレなしの感想 

 よかったです。ストーリーに対して突っ込みどころは多いです。画も個人的には『君の名は。』の方が好きです。それでも、この映画は『君の名は。』にはない現実の厳しさ、辛さ、閉塞感を描いて、その上で純愛映画として成立させているのがすごいなと思いました。特にラストシーンがすごくきます。ハッピーエンドとかバッドエンドとかいう言葉では言い表せないラストシーンでした。

ネタバレありの感想

大人や世間による干渉と子供の幸せ 

 この映画の主人公帆高もヒロイン陽菜も未成年です。帆高は実家を出てきて、東京で一人。陽菜の方も母親が亡くなっており、父親は不在です。帆高も陽菜もそれぞれの生活を成り立たせるために、バイトをしたり、自分たちで商売をしたりしてお金を稼ぎます。

 

 帆高に対しては警察が、陽菜に対しては児童相談所の職員が、未成年の子供が学校へも行かず働いている現状を変えようと接触します。このような大人の働きによって救われる子供もたくさんいるのだと思います。けれど、帆高と陽菜についてはそうではなかった。帆高も陽菜も世間一般のイメージする子供とは大きくずれた子供であったことは確かですが、それでも、幸せに生活できていた、むしろその幸せを警察や児童相談所の職員が壊しにきた、そういうふうに見えました。(決して現実の警察や児童相談所を悪く言うつもりはございません。あくまでストーリー上の立ち位置の話です。)

銃を何に向けていたのか 

 消えた陽菜に会うため、ビルの屋上へ向かおうとする主人公帆高の前に警官と須賀が立ちふさがります。彼ら大人に対して帆高は銃を向けます。大人に対する若者の抵抗と見れば単純な構図になってしまうのですが、むしろ主人公はただ干渉されたくないのだと思いました。主人公は陽菜に会いたいという相当単純で純粋な欲求に従って行動しているだけで、それを阻もうとする世間というものに対して銃を向けたのだと思いました。

世界か彼女か選べる男 

 終盤、世界よりもヒロインを選ぶというベタな展開がありました。結果、東京の天気は狂ったまま、雨が何年も降り続くことになってしまいます。ここまでは、あー、よくあるよくあると見ていたのですが、最後にかけて主人公が、そしてヒロインが、自分たちの決断をどう飲み込んでいくのかという過程が、『天気の子』はすごくよかったです。

救われかける主人公

 三年後、再び東京にやってきた主人公帆高。雨の降りつづいた結果、かなりの部分が沈没してしまった東京を見て、帆高はこれでよかったのかと思います。そんな帆高に大人たちが声をかけます。

 

 江戸よりも昔は、東京はこんなふうに大きな入り江だった、だからもとの姿に戻っただけだと、立花冨美(『君の名は。』主人公瀧の祖母)は語ります。

 

 また、須賀も、帆高や陽菜のせいではない、こんな異常気象を起こすような力、お前たちにはないと言います。

 

 大人たちが自分たちを責めない、むしろ、これが自然の形だと言ってくれたおかげで、帆高は救われかけます。けれど、この映画はまだ終わりませんでした。

祈っても晴れない空

 救われかけた主人公。でも、陽菜に会う前にまだ胸の内がモヤモヤします。そして、田端駅南口の坂で陽菜が晴れるよう祈っている姿を見て、帆高は、やはりこの雨は自分の、自分たちのせいなのだと強く実感します。しかし、自分が悪いんだと自己否定に走るのではなく、自分が選んだこの晴れ間の見えない世界を陽菜と生きて行こうと、陽菜と一緒であれば、空が晴れてなくても、一生青空を見えなくても大丈夫だと思います。

 

 実際、劇中で帆高や陽菜が幸せそうに楽しそうにしているシーンは、空が晴れているときではなく、家の中で一緒に手料理を食べているときやホテルの中でカラオケしてるときだったりします。

 

 この映画が言いたかったことは、空が晴れているから気持ちいとか、雨だから憂鬱だとか、そういうことではなく、好きな人と過ごす時間にこそ幸せがあるということかと思いました。